最高裁判所第二小法廷 昭和37年(オ)433号 判決 1965年4月09日
上告人
徳岡健次
右代理人
上田信雄
被上告人
保津川遊船株式会社
右代表者
茂原祥三
右代理人
納富義光
主文
原判決を破棄する。
本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人上田信雄の上告理由第二点について。
論旨は、商法二六二条は表見代表取締役が直接代表取締役名義でした行為についても適用されるべきであるのに、表見代表取締役たる訴外服部保夫が直接被上告会社の代表取締役川本直水の名義を以て約束手形を振り出した本件において同法条の適用がないとした原判決には、同法条の解釈適用を誤つた違法があるという。
よつて案ずるに、原判決は、訴外服部保夫が被上告会社の営業部門を担当する代表権のない取締役であつて、職務遂行の必要上常務取締役の名称を使用することを許されており、営業経費の支払について、代表取締役川本直水或は専務取締役川本保夫の承認を得たうえ、右直水の委任に基づき、かねて保管を託されていた代表取締役川本直水の記名印等を用い、記名押印を代理して、約束手形を振り出していたこと、および本件約束手形は、訴外服部が右直水の委任を受けず、また会計担当者をも経由することなくして、直接に代表取締役川本直水の記名押印を代理して訴外池田繁一に宛てて振り出し交付したものであることを認定し、訴外服部が手形面上に常務取締役の名称を使用し或は手形外で常務取締役であることを表明して本件手形を振り出した事実がなく、また、訴外池田がかかる事実の存在により訴外服部の肩書を信頼したものであることを認め得ないから、本件につき商法二六二条を適用する余地はないものと判断していることが明らかである。しかし、会社名義で振り出された約束手形につき、手形面上に会社代表者として表示されている者に代表権はあるが、右代表者の記名押印をした者に代表権がない場合であつても、会社が後者に対して常務取締役等会社を代表する権限を有するものと認められる名称を与えており、かつ、手形受取人が右後者の代表権の欠缼につき善意であるときは、右後者がいわゆる表見代表取締役として直接自己の氏名を右手形面上に表示した場合と同様、会社はその責に任ずべきものと解するのを相当とする。従つて、前記認定の事実関係のもとにおいて、もし本件手形の受取人である訴外池田が訴外服部の代表権の欠缼につき善意であつたとすれば、当然商法二六二条の適用を考慮すべきであるのに、原審がこの点を審理することなく、本件は同法条の適用を論ずべき場合にあたらないと判断して、上告人の主張を排斤したのは、同法条の解釈適用を誤つた違法があるものというべく、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、爾余の論旨に対する判断をまつまでもなく、原判決は破棄を免がれない。
しかして、本件は、叙上の点につきなお審理を尽くす必要があるものと認められるから、本件を原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(奥野健一 山田作之助 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外)